クラスのある子が全然指示に従ってくれなくて…もうどうしたらいいのかわらないんです。
経験上、どのクラスにも自分と合わない子は存在していました。それでも指示に従ってもくれないとなると、苦しくなってしまいますよね。
そうなんです。その子にかかりきりになると、他の子たちも騒がしくなってきてしまって、大きな声を出してしまうこともあるんです。子どもたちが離れてしまわないか心配です。
それは良くない傾向ですね。学級崩壊へと近づいてしまいますし、何よりも先生がストレスを感じ続ける状態はよくありません。どうしたら先生の言葉が「気になる」あの子に届くようになるのか、考えていきましょう。
「困った子」は「困っている子」
さて、どのクラスにも一人はいる、「困った子」。教員にとって困った子、という意味ですが、その困らせ具合は人によっても様々です。反抗する、口ごたえをする、離席する、トラブルを引き起こす、暴力をふるう…などなど、学校における集団生活の中で適応できない部分が大きい子たちです。
そういった子たちも教え、導いていくのが教員の役割でもあるわけですが、なかなか一筋縄ではいかない子たちが多いのも事実です。ただでさえ忙しい中で、そういった子どもたちに向き合うのって、本当にエネルギーを使いますよね。ストレスも溜まりますし、ついつい乱暴な言動をとってしまいがちです。しかし、ちょっと発想を変えてみましょう。教員にとって「困った子」は、自分自身のことをどう見ているのでしょうか?
あくまでも僕の経験上でしかありませんが、多くの場合、「困った子」は自分のことを”人間関係を上手に築けないダメなやつ”と感じています。友達と上手く関われない、教員や親などの大人と上手く関われない、他のみんなはできているのに…と、ある種の劣等感を感じています。つまり教員にとって「困った子」というのは、とても「困っている子」でもあるのです。
そういった子どもたちにどう向き合うのか、学級経営をうまくするためにも、ここはぜひとも考えていかなくてはならないところです。「困っている子」を放置すると、その子がますますエスカレートするばかりか、周囲の子も感化されていくからです。その根底には「あいつが叱られないなら僕たちも」という甘えや「先生は僕たちを見捨てるんだ」という失望があると考えます。ですから面倒だからといってその子を放置することは、悪化の一途をたどることになるでしょう。
正論だけでは納得させられない
とはいうものの、どのように指導していけば改善されていくのでしょうか。例を出してみましょう。
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Bのバカ!アホ!
おやおや、AさんがBさんに対して暴言を吐いているようです。これはいけません。そこで、
そんな言葉を使ってはいけません!Bさんに謝りなさい!
といったところで、Aさんには全く届きません。まあ教員の手前、すまなそうな顔をしながらBさんに謝罪するかもしれませんが、教員の指導に対して納得することはないでしょう。それどころか、
はんめんのやつ、何も知らないくせに…
などと思われ、ますます関係をこじらせていく可能性も十分にあります。
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さて、ではどのように対応すると良かったのでしょうか。あなたならどうしますか?
僕であれば、
そんな言葉を聞いてしまって悲しいな。どうしたの?
と聞きます。Aさんが暴言を吐くにいたった経緯を知ったうえで指導にあたる必要があるからです。そしてその目的を達成するために「どうしたの?」と聞くことは、大変有効です。Aさんがただかんしゃくを起こして暴言を吐いた場合にも、本当はBさんからひどいことをされていて暴言を吐いた場合にも、対応することができるからです。
「暴言を吐いてはいけない」ということは正論ですが、Aさんだってそんなことはわかっているでしょう。わかっているけれども、うまくはいかないのが人間関係です。その行動の裏側にある事情までくみとるような指導をしていかなくては、「困っている子」に対応することはできません。正論をぶつけるだけでは、生徒指導を行うことはできないのです。
信頼関係を築くカギは「共感」
上記のような対応をする目的は、信頼関係を築くためです。同じ言葉であっても、言う人によって素直に受け取れたり、またその逆だったりしたことはありませんか?「どんな言葉か」も大切なのですが、それ以上に「誰の言葉か」ということが、「困っている子」への対応では大きな意味をもちます。
信頼関係を築いていくためには、2つの心理学的な知識が役に立ちます。
1 単純接触効果
ある刺激に触れれば触れるほど,それを好きになっていく現象を単純接触効果といいます。
https://psych.or.jp/interest/ff-20/#:~:text=%E3%81%82%E3%82%8B%E5%88%BA%E6%BF%80%E3%81%AB%E8%A7%A6%E3%82%8C%E3%82%8C,%E7%A0%94%E7%A9%B6%E3%82%82%E5%A2%97%E3%81%88%E3%81%A4%E3%81%A4%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
最初は好きではなかったものなのに、繰り返し接していくうちに好きになっていった経験はありませんか?流行りの曲などは、そういった性質を感じやすいものではないでしょうか。
「おはよう」でも「その筆箱、ステキだね」でも、話題はなんでもいいのです。とにかく何度も関わること。そうしていくうちに、信頼関係を築きやすい状態ができていきます。
小学校高学年からの女子児童・生徒に対しては、あえて声をかけない方が良い時もありますが、基本的にはこちらからコミュニケーションをとりにいき、単純接触効果によって関係を築いていきましょう。ただし、信頼関係を得るためにはこれだけでは不十分です。
2 共感する技術
世間一般で考えられている共感、つまり相手の意見に「わたしも同じ気持ちだ」と同意することは、たんなる同調であって、共感ではありません。共感とは、他者に寄り添うときの技術であり、態度なのです。
岸見一郎、古賀史健著「幸せになる勇気」より
信頼関係を得るためには、相手に共感する技術が必要です。アドラー心理学では、共感とは技術であり、誰もが使えるものであるとされています。
それでは技術としての共感を使うために、必要なことはどんなものでしょうか。それは、
①相手を一人の人間として尊敬すること
②そしてそのために、「相手の関心事」に関心を寄せること
この2点です。「困っている子」がどんなことに興味があり、何を苦手とし、クラスの仲間たちに対して何を感じ、考えているのか。アドラーは「もしもわたしがこの人と同じ種類の心と人生を持っていたら?」と考えよう、といいます。そうすればきっと、この人が考えていることや感じていること、世界をどのようにとらえているのかを理解することができる。このような態度のことを「共感」と呼びました。
他人が何を考えているのか、究極的には理解することはできないでしょう。しかしそれを察することはできます。もしも同じ立場だったら、と想像することもできます。そのために必要なことは「相手の関心事」に関心を寄せることなのです。「困っている子」が何に関心をもっているのか、何が好きなのか。あなたは今、話すことができますか?
そしてこのような態度でいることは、「困っている子」を一人の人間として、敬意を払ってとらえることにつながります。教員からの尊敬を感じ取った子どもたちとの間に信頼関係を築いていくことは、そう難しいことではないはずです。
まとめ
カギは「信頼関係」です。それがなくてはどんな正論も入りません。
いかがでしたか?どのクラスにも、集団生活に対して不適応な反応を見せる子どもたちはいるものです。あまりにも四角四面に「やらなくては」と思ってしまうと、「困っている子」にとっても教員にとっても、不幸なことになってしまいかねません。少しゆったりと構えて、まずは「困っている子」がどんな子なのか、その心を探るところから始めていきましょう。心を開かせることも、教員にとって大切な資質のひとつです。
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