時間の生み出し方 ~何のために働くのか~

ありのままの教員生活
うさ美
うさ美

平日は8時まで仕事ですし、休日は部活がありますし…趣味の時間が全然とれません!

はんめん
はんめん

教員は多忙ですからね。

うさ美
うさ美

ずっと働き続けて、人生終わっていくのでしょうか…?

はんめん
はんめん

まあまあ、そう悲観せずに…。確かに多忙ですが、やり方次第で時間は確保することができますよ。今回はそのあたりを紹介していきますね。

いつ、ブログを書いているのか?

Twitterでのやり取りの中で、このような質問を受けました。

結論から言うと、21時~22時に書いていることが多いです。子どもたちが寝てからの時間が、僕にとって自由になる時間ですからね。ただ、この時間にブログを書くためには、日中にアイデアを練っておかなくてはなりません。

授業中のある子の発言だったり、業後の職員室での同僚との会話であったり、ひらめきは突然にやってきます。「あ!このことをブログに書きたい!」そう思ったときにすぐにメモができるよう、測量野帳は常に携帯するようにしています。

そうやって日中に書き溜めたアイデアを、夜にブログとして形にする…というパターンが多いですね。いわゆるスキマ時間を活用するイメージです。

やらないことを決める

1日は24時間しかありません。

ですが、やりたいことは山のようにあります。

僕のやりたいことリスト

・ブログを書きたい

・ゲームをしたい

・9時間寝たい

・息子たちと遊びたい

・ネットサーフィンしたい

・調べものをしたい

・教材研究したい

・学級通信を毎日作りたい

・妻とテレビを見たい

・漫画を読みたい

・本を読みたい

・釣りに行きたい

・買い物に行きたい

・外食したい

……etc.

ここで出てくるのが、トレードオフの考え方です。

トレードオフ  (https://www.navigate-inc.co.jp/index.htmlより)

トレードオフとは、何かを達成するために別の何かを犠牲にしなければならない関係のこと。いわゆる「あちら立てれば、こちらが立たぬ」に相当する。

時間は有限である。他方で、欲望は無限である。この関係を解決する方法の一つは、「やらないこと」を決めることです。

24時間の間にできることは、かなり限定されてしまいます。8時間は睡眠・排泄・食事にかかるとして、残り16時間。その時間を、働くことだけに費やしてもいいのでしょうか?

働くことが生きがいである、という人にも、少なからず出会います。その生き方自体を否定はしませんが、個人的には遅くまで学校にいる教員よりも、趣味に多分に時間を使っている教員の方が、面白い教員になるように思います。人間としての幅が広がるように思います。当然ながら、授業も面白いと思います。人はパンのみにて生きるにあらず。

また、何よりも働くことだけに人生の時間をささげることは、僕はまっぴらごめんです。

だからこそ、「やらないこと」を決めます。部活動の日数。掲示物。学級通信の頻度。提出物へのコメント。どれも、やった方がいいに決まっています。時間をかけるだけ、子どもたちの成長につながるに決まっています。でも、”あえて”やりません。自分の時間を作り出すためです。

時間をかければかけるほど、学級経営も、授業も、良いものになります。それは否定しません。それがある意味、教職のやりがいなのかもしれません。ですが、僕は自分自身の幸せを考えたとき、その働き方でよいのか?一生続けていくのか?と考えるようになりました。

家族との時間や自分のための時間を過剰に捧げてまで、この職を全うする覚悟があるのか?

ぜひ、自問自答してください。

遠慮をやめる

帰ろうと思えば帰ることができるのに、他の教員の目が気になって、帰ることができない…。

そんな経験、ありませんか?僕はあります。

「自分だけ帰っていいのかな…」

「まだ先輩や主任は帰っていないのに、帰りづらいな…」

と思っている教員は、かなり多いのではないかと思います。

そんなときには…

思い切って帰ってしまいましょう!!

まー、確かに何か思われるかもしれませんが。

やがて「あの人は早く帰る人なんだ」という認識ができてきます。それが普通になっていきます。ですから、仕事を振られるときにも

「定時過ぎてて申し訳ないんだけど…」と言われることが多くなります(経験談)。

勤務時間を意識していますよ、とアピールすることは、未来の仕事量も左右しかねませんので、重要だと思っています。

けれどもそこにつけこんで、

「早く帰っているんだから、分掌を増やしてもいいよね?」

と言ってくる管理職もいます。そんなときは、

「いいですが、一つあたりの質は落ちますよ?」

と言っておきましょう。

何よりも自分の人生が大切だ、と思っているのなら、まずは勤務時間を大切にしましょう。自分自身や家族のために使える時間は、有限であり貴重です。

仕事を先取りする

ルネ・デカルトは「方法序説」の中で、こう言っています。

「困難は分割せよ」

仕事は、無限にあります。教員に限ったことではないでしょう。そんな仕事を、先に先に少しずつやっておく。後に来るであろう「困難」を、あらかじめ「分割」しておく。ちょっとしたことですが、これが後々、じわっと効いてきます。

「早く帰れって言っているじゃないか!」とのご指摘もいただきそうですが、どちらも重要なんです。先にあることを毎日少しずつでも進めておくと、早く帰ることが可能になってくるイメージですね。

「分割」できる仕事

・定期テストの作成

・所見の構想

・成績処理

・行事の構想

…etc.

このように、定期的にやってくることが決まっている仕事については、先取りしておくことが可能です。定期テストの問題を一日10点分ずつ作っても良いですし、所見を1人ずつ書いてもいいでしょう。先々のことを直前に考えるのではなく、来ることは決まっているのですから、少しずつ考えておくことが重要です。

こうして「分割」されることで、それぞれの仕事の「困難」の度合いは小さくなります。そして余裕が生まれ、早く帰ることが可能となるのです。

まとめ

はんめん
はんめん

結局のところ、教員の職業をどうとらえるか、何を大切にするか…が最も重要です。

まとめ

・あえて「やらないこと」を決めよう

・「遠慮」せず帰ろう

・先のことを考えて「困難を分割」しよう

いかがでしたか?教員の世界では、「長時間労働をする教員=頑張っている良い先生」という謎の評価がありますが、本当にそれでいいのでしょうか?自分自身の人生や家族の寂しさの上に成り立つ実践に、果たしてどれほどの価値があるのでしょうか?教員の働き方改革は、意識を変えるところからだと僕は思います。

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