休校+SNSの時間増=うつ? ~何のために生まれて何をして生きるのか~

ありのままの教員生活
はんめん
はんめん

最近、気持ちが落ち込んでいます。

ほうほう…それはどうして?

はんめん
はんめん

他人と自分を比べてしまうことが多くなりました。

えっ…「承認欲求を否定せよ」とか言っていたのに?

はんめん
はんめん

そうなんですよ。まさに「言うは易く行うは難し」といったところでしょうか。ままならないもんです。

原因1:内向きの仕事が増えた

コロナによって臨時休業中です。

教員でない人にとっては、「休校なんでしょ?仕事なくて暇なんじゃないの?」と感じられるかもしれませんが、こまごまとした仕事があるのですよ。特に学力保証に関して、とかですね。あとは事務作業。これが時間をとるとる。そして急転直下、上からの指令変更。積み上げたものが一瞬で砂塵に帰すむなしさ。もうてんやわんやですわ。

当然ながら子どもが来ていなければ、対子どもの仕事はなくなります。それはつまり、子どもからの反応のある時間が無くなるということです。

サラリーマンのみなさんにとっては普通のことなのでしょうが、大人相手に一日中対応をしなくてはならないのは、教員にとって、というか僕にとって、なかなかに厳しいものです。いつもの数倍は気を遣います。特に今年は異動したばかりですし、この人の対応はこれでいいのかな…とか、今の発言は良かったのかな…とか。とっても疲れます。

原因2:SNSを使う時間が増えた

Twitterを使い始めて4か月ほどになります。

Twitterはとても便利ですね。僕は特に情報収集のツールとして使用していますが、近しい思想をもっている人を見つけることが容易であり、つながることができるのも、Twitterの良さであると実感しています。これはウケるわ。

一方でTwitterの恐ろしさにも気づき始めています。

Twitterは恐ろしいほどに承認欲求を刺激してきます

「いいね」の数に一喜一憂(そんなにないけど)し、リツイートがあれば「よっしゃ」と思い、返信があればうれしくなる。そして、フォロワーを増やしたい、と思うようになる。そう仕向けられているのです。

そのうえ、Twitter上には成功体験があふれています。「○○するといいよ!」「僕はこうしているよ!」というような情報がたくさんあります。真偽のほどは確かめようがありませんが、あたかも「お前はこんなにダメなんだ」と言われているような気にさえなります。

今までの僕を支えていた、「僕は僕のままでいい」という思いが日に日に壊されていくのがわかります。他人からよく見られたい、よく思われたい。承認欲求が肥大していくのを感じます。うつ病に近づいている気さえします

承認欲求それ自体は悪いものではない、と思っていますが、それにとらわれるのはいかがなものでしょうか。他者の目を気にしていては、幸せな人生を送ることは難しいでしょう。

まずは自分の足元から

「自分は何のために生きているのか?」

迷ったとき、僕はここから思考を始めます。

受験に失敗した時も、失恋した時も、仕事上の人間関係がうまくいかないときも、生徒に罵倒されたときも。自分の人生は自分が主人公である、と思っているからです。

この問いに対する僕の答えはシンプルです。

「幸せになるため」

では次の問です。

「幸せになるためには、どうしたらいいのか?」

僕はアドラー心理学を学んでいますので、そこから導かれるのは

「他人に対する貢献を感じること」

という答えです。

これはあくまでも主観であって、実際に他人に貢献できているかどうかは関係がありません。いわば思い込みです。この思い込みに至るには、「私は”ありのままのわたし”でいい」という考えをもつことが重要です。

決して”いまのままのわたし”ではありませんよ。いいところも悪いところもすべてひっくるめて、わたしを受け入れること。それが自己受容と呼ばれる考え方です。「嫌われる勇気」という言葉にもつながってくる考え方ですね。

普段は子供たちの役に立っているという実感があるので、精神を保つことができているのですが…今の状況ではそのままでは厳しいですね。何とか、職員室内での立ち位置を確立させていく必要があるでしょう。自分が他人に貢献できている、という思い込みに到達するまで。

まとめ

まとめ

・休校中はうつに近づくぞ!

・SNSはヤバい

・自分の出発点を探ろう!

いかがでしたか?コロナでの休校中、きっといろいろなことを考えるでしょう。その一助となれれば幸いです。

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