埼玉教員超勤訴訟って何ですか?
今回は、こんな疑問にお答えしながら教員の働き方について考えたいと思います。
・教員の働き方に興味のある人
・埼玉教員超勤訴訟について知りたい人
・給特法についてくわしく知りたい人
教員の働き方はブラック中のブラック…まさに漆黒です。
(トネガワかな?)
こんな働き方を次世代に受け継いではいけない!と裁判を起こした方がいます。
その方は田中まさお(仮名)さん。
埼玉県で教職に就いておられた方です。
この判決で、我々の働き方は何が変わるのでしょうか?
我々は、教員の働き方について、どのように考えれば良いのでしょうか?
先に結論を書いておきます。
・給特法により残業代は出ない
・時間外労働も大半は自主的
・教員が変わらなくてはこの働き方は変わらない
「教員の働き方に興味がある」「このままの働き方ではいけないと思っている」そんな方は、ぜひ参考にしてみてください!
埼玉教員超勤訴訟とは?
埼玉教員超勤訴訟とは、定年間際の埼玉県の公立小学校教師(現在は再任用教師)である田中まさお氏(仮名)が2018年に起こした裁判です。
労働基準法を根拠に未払い残業代が11カ月分(659時間)、金額にして242万円に上るとして、その支払いを県に請求するものでした。
裁判の争点
裁判の争点となったのは大きく2点です。
「時間外勤務とその対価の考え方」と、「命令に基づく時間外勤務の有無」です。
順に解説していきます。
時間外勤務とその対価の考え方
時間外勤務に対する対価が支払われないのは違法だ!
教職調整額が出ているから無賃労働じゃない!
教職調整額とは、給特法に定められている教職の特殊性に対する手当のことです。
詳しくはこちらの記事を参照してください。
通常、時間外勤務に対しては割増された賃金を支払わなくてはならないことになっています。
しかし教員には割増された賃金は支払われません。
それどころか、時間外勤務に対する手当すらありません。
なぜなら給特法という法律で「残業手当を支給しない」とされてしまっているからです。
給特法ってこんな法律!
①教育職員(校長、副校長及び教頭を除く)には、その者の給料月額の百分の四に相当する額を基準として、条例で定めるところにより、教職調整額を支給しなければならない。
②教育職員については、時間外勤務手当及び休日勤務手当は、支給しない。
③教職員の正規の勤務時間を超えてを超えて勤務させる場合は、政令で定める基準に従い条例で定める場合に限る。
くわしくは上の記事で解説していますのでよろしければ参照してください。
さて、このように給特法が教員の働き方に影響を与えているわけですが、現状に沿っているとはとても言えません。
給特法で認められた残業は超勤4項目のみです。しかし実態としてこれ以外の時間外労働は存在しています。この状態は労働基準法の労働時間規制に反して違法であり、給特法の下でも残業代の支払いまたは国家賠償の対象だと考えています。
原告側の代理人・若生直樹弁護士のコメント
給特法と現状には大きな溝があり、今の教員の働き方は労働基準法に反するのではないか。
これが今回の争点の一つです。
命令に基づく時間外勤務の有無
日常的な業務についても校長の命令を受け、時間外勤務を強いられている!
命令したことはない!そもそも給特法の超勤4項目以外は時間外勤務を命令できない!
なぜ教員の長時間労働が常態化しているのでしょうか?
それは教員が行うべきだとされている仕事が、数十年前と比べてとても多くなっているからです。
原則として教員に残業を命じないと定めた給特法が制定された1971年当時は、現在に比べ教員の時間外労働は少なかったが、その後、学習指導要領の内容が増え、作成しなければならない書類も増加。最近でもプログラミングや英語など課される業務が増え続けている。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/132685
このサイトでも紹介していますが、教員の仕事量は暴力的です。
これらの仕事が、校長からの命令に基づくものであるかどうかが争点の一つです。
埼玉県側としては「命令していない」「そもそも超勤4項目以外の業務については命令できない」と主張しています。
しかし、ここに注目すべき裁判があります。
時間外勤務について争われた、いわゆる鳥居裁判です。
教育職員が所定勤務時間内に職務遂行の時間が得られなかったため,その勤務時間内に職務を終えられず,やむを得ずその職務を勤務時間外に遂行しなければならなかったときは,勤務時間外に勤務を命ずる旨の個別的な指揮命令がなかったとしても,それが社会通念上必要と認められるものである限り,包括的な職務命令に基づいた勤務時間外の職務遂行と認められる
鳥居裁判一審判決文より
つまり校長がある学級担任につくことを教諭に命令した場合、学級担任としての様々な仕事(学級経営・保護者対応・生徒指導・成績処理など)についても、いちいち命令はしていなくても、包括的な職務命令があったといえる、ということです。
これは実に画期的な判例でした。
鳥居裁判の判例から見れば、「超勤4項目以外の業務は命令できない」とする埼玉県側の主張には無理があるのではないか、とも思われます。
まとめると:給特法に対する考え方が争われる
「給特法について様々なご指摘があることは承知している」「総じていまの公立の小学校、中学校の先生方が長時間勤務になっている実態は承知しておりますので、これを変えていかないと次なる担い手が出てこないと思っており、ここが正念場だというふうに思っております。ぜひ憧れの職業としてですね、若い人たちが教職を志すことが出来るように、勤務体系も含めて改革を進めていきたいと思っています」
萩生田文科大臣のコメント
文部科学大臣もこのように話しているように、給特法に関しては様々な指摘があり、現状に合っていません。
裁判で給特法に関する争いに対してどのような判断がなされるのか、注目です。
判決:原告の請求を棄却する
原告(田中まさおさん)の請求は棄却されてしまいました。
残念です…
判決文を抜粋しながらくわしく解説していきたいと思います。
争点1:労働基準法37条の適用の有無について
第三十七条 使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
労働基準法より
第一の争点は、教員が時間外勤務をした場合に、労働基準法の37条が適用されないのは違法ではないのか、というものです。
これに対する判断は次の通りです。
給特法は、教員の職務の特殊性を踏まえ、一般労働者と同じ定量的な労働時間の管理にはなじまないとの判断を基礎として、労基法37条の適用を排除した上で、時間外で行われるその職務を包括的に評価した結果として、教職調整額を支払うとともに、時間外勤務命令を発することのできる場合を超勤4項目に限定することで、同条の適用排除に伴う教員の勤務時間の長期化を防止しようとしたものである。このような給特法の構造からすると、同法の下では、超勤4項目に限らず、教員のあらゆる時間外での業務に関し、労基法37条の適用を排除していると解することができる。
令和3年10月1日判決言渡より
このような判断がなされました。
労基法37条では、時間外勤務に関しては割増の賃金を支払わなくてはならない、とされています。
しかし教員の働き方を定めた給特法では、時間外勤務の賃金は支払わないとされています。
この矛盾する2つの法律についての判断でした。
結論として、給特法は労働基準法37条の適用を排除しているとされました。
つまり…?
残業代は出ない、ということです。
争点2:教員の時間外労働について
もうひとつの争点は、労基法32条の規制を超えて時間外労働させたことは違法ではないのか、というものです。
第三十二条 使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。② 使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。
労働基準法より
…8時間なんぞ普通に超えますよね。
…そうですよね。
問題は、ここに校長の命令があったのかどうか、ということです。
判決文より引用します。
給特法が教員の労働時間を定量的に管理することを前提としておらず、校長が、その指揮命令に基づいて各教員が業務に従事した労働時間を的確に把握できる方法もないことからすると、仮に当該教員の労働時間が労基法32条に定める法定労働時間を超えていたとしても、直ちにかかる事実を認識し又は認識することが可能であったとはいえないから、労基法32条違反についての故意又は過失があると認めることはできず、当該教員が校長の指揮命令に基づく業務を行ったことで、その労働時間が労基法の32条の制限を超えたからといって、それだけで国賠法上の違法性があるということはできない。
令和3年10月1日判決言渡より
給特法の成立過程でも似たような文言が使われています。
要は教員の勤務形態は特殊なために、命令された労働なのか自主的な労働なのかが判断しづらいとされています。
そのために教職調整額が出されているのです。
今回の判決では、給特法は労基法32条の適用を排除しない、としています。
けれども、校長が命令に基づく労働かどうかを認識することは不可能であるため、違法性はないとしています。
うーん…?じゃあやっぱり時間外労働は自主的だ、というわけでしょうか?
今回の判決では、時間外労働の中にも校長の命令によるものが存在したとしています。
けれども、時間外の総労働時間が「最大でも15時間未満であり、直ちに健康や福祉を害するおそれのある時間外労働に従事させられたとはいえない」「その大半が授業準備やテストの採点、通知表の作成など教員の本来的業務として行うことが当然に予定されているものである」とされてしまいました。
本件において、原告の労働時間が労基法32条の規制を超えているとしても、本件校長に職務上の注意義務違反があったとはいえず、また、原告の法律上保護された利益が侵害されたということもできないから、国賠法上の違法性を認めることはできない。
令和3年10月1日判決言渡より
つまり…?
校長に責任はない、ということです。
わずかな希望?
今回の判決文の最後には、このような文章が添えられています。
現在のわが国における教育現場の実情としては、多くの教育職員が、学校長の職務命令などから一定の時間外勤務に従事せざると得ない状況にあり、給料月額4%の割合による教職調整額の支給を定めた給特法は、もはや教育現場の実情に適合していないのではないかとの思いを抱かざるを得ず、原告が本件訴訟を通じて、この問題を社会に提議したことは意義があるものと考える。わが国の将来を担う児童生徒の教育を今一層充実したものとするためにも、現場の教育職員の意見に真摯に耳を傾け、働き方改革による教育職員の業務の削減を行い、勤務実態に即した適正給与の支給のために、勤務時間の管理システムの整備や給特法を含めた給与体系の見直しなどを早急に進め、教育現場の勤務環境の改善が図られることを切に望むものである。
令和3年10月1日判決言渡より
給特法が時代遅れであり、現状に全く沿っていないと考えているよ、との見解が示されました。
一縷の希望を抱かせるような見解ですが、原告である田中まさおさんは今回の判決について
全く評価していません
とコメントしています。
僕も同意見です。
いかに耳障りのいいことを言っていても、結局は教員の膨大な時間外勤務は違法ではないのです。
この判決によって何かが変わっていくのでしょうか?
いえ、現場の教員が変えていかなくてはならないのです。
裁判所は違法ではない、との判断を下しました。
現場で働いている教員は、今の働き方がどれほどおかしいかわかっています。
この異常さに気づくことなく働き続ける人もいますが、大半はおかしいなと思いながら働いています。
気づいた人間から声を出していかなくては、現状はまったく変わっていきません。
まずは勤務している学校、学年から、変えられることを変えていきましょう。
法改正を待っている暇はありません。
結論:教員の長時間労働は違法ではないため、自分で自分を守らなくてはならない
今回の結論です。
・給特法により残業代は出ない
・時間外労働も大半は自主的
・教員が変わらなくてはこの働き方は変わらない
大変残念な結果ではありますが、先輩教員が我々後進のために闘っている裁判です。
田中まさおさんは最高裁まで争う、との姿勢を示しています。
今後の動向に注目しつつ、現場でできることをしていきましょう。
一人でも多くの理解者を得て、業務を削減していきましょう。
司法や政治に任せていては、もっともっと過酷な労働環境になってしまいかねません。
現場の我々が変えていくのです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
それでは、良い教員ライフを!
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