自己肯定から自己受容へ

哲学
はんめん
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まずはこちらをご覧いただきたい。

https://www.nier.go.jp/shido/leaf/leaf18.pdf

”一般の英語の辞書で Self-esteem を引くと、自尊心、プライド、うぬぼれ、…等の訳語 が見つかります。元々は、プラス面もマイナス面も含んだ中立的な語であることがわか ります。それを考えると、プラス面のみを想起させる「自尊感情」という訳語は名訳と 言えるかも知れません。  しかし、「自尊感情」を高めるべく大人が子供を褒める機会を増やしても、必ずしも好 ましい結果をもたらすとは言えないのも事実です。そもそも褒める以前に叱ったり行動 を改めさせたりすることから始めるしかない児童生徒に悩むことは、少なくありません。 また、大人が褒めることで自信を付けさせることができたとしても、実力以上に過大評価してしまったり、周りの子供からの評価を得られずに元に戻ってしまったり、自他の 評価のギャップにストレスを感じるようになったり、ということが起きうるからです。”

自己肯定感を高めることが良いことである、という意識は、現場の教員の中に散見されます。また、世間一般的に見ても「正しい」とされることでしょう。でも、ちょっと考えてみたいのです。自己肯定感は、「自分のことを肯定する(良いと思う)気持ち」のことです。

自分の中の良いところを「良い」と思う分には、あまり問題はないでしょう。もっとも、何をもって良いとするのかは人によるわけですが…。問題は、自分でよいと思っていないところも「良い」と思い直すように(リフレイミング)された場合です。

例えば、自分は優柔不断である、物事を決められない、という特質をもった人がいるとしましょう。今の学校教育の中では、この特質を「じっくり物事を考えられる」と無理やりに長所ととらえがちです。言われた人は「なるほど、そうかもしれない」と思います。確かにそのとらえ方にも一定以上の良さがあるのでしょう。けれども、自分の良くないところまで、無理に長所ととらえなくてはいけないのでしょうか。

そのようなとらえ方は、短期的には明日を生きる活力になりえるかもしれません。けれども、長期的には歪みを生じさせるのではないか?と考えます。何せ、雨が降っているのに「今日は最高の天気なんだ」と思い込むことになるのですから。

雨は雨として受け入れる。晴れは晴れとして受け入れる。あるがままの特徴を、あるがままに受け入れる。そこがスタートだと思うのです。これが自己受容ですね。

ただし、今のままの自分でいても良いものか。それは各々が考えなくてはいけません。今のままの自分ではいけないと思うのなら、それを変えるべく努力していくべきです。変えられるのは、自分の行動だけなのですから。

神よ、変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。

キリスト教で有名な「ニーバーの祈り」です。変えられるものは自分だけ、他人を変えることはできない。そのことに気づき、自分を受け入れながらも、周囲の環境と折り合いをつけることができるかどうか。生きていく上では、それが大切だと思います。

コメント

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