所見の書き方・手の抜き方

所見
はんめん
はんめん

まー、ほんとに大変です。成績と所見が、事務的な作業の双璧をなすでしょう。逆に言えば、この2つを効率よくこなせるようになれば、事務作業はずいぶん軽減されるということです。

〈所見〉①見た事柄 ②あることについての意見、考え

書き方や手の抜き方、事務作業の軽減の仕方などもお伝えできるといいな。

所見の書き方

学校ごとに違いがあるとは思いますが、まずは文字数の確認。僕のいた学校では110~150文字程度でした。この中に、各学期(もしくは各学年)の内容を込めなくてはなりません。

僕の場合は、(生活の事実+事実に対する所見)(学習の事実+事実に対する所見)で書いています。詳しく説明します。

ざっくりいうと、生活に関する記述と、学習に関する記述に分けています。

例えば「体育大会では応援団長に立候補し、クラスの先頭に立って仲間たちを導きました」というような生活に関する記述と、「社会の授業では毎回のように発言を重ね、話し合いを深めるためのきっかけを作ることができました」という学習に関する記述を組み合わせて、所見を作ります。

ただし、例として出したこの文章は、事実のみが書かれたものです。所見というものは「事実に対する自分の意見・考え」です。ここははっきりとさせたいところです。つまり、事実に対して「仲間を引っ張る姿に頼もしさを感じています」とか、「前向きに学習に取り組む姿勢を、すばらしく思います」といった事実に対する自分の意見・考えを入れましょう。これが所見の書き方です。

書き方はなんとなくわかったけど、何を書けばいいかわからないよー!

はんめん
はんめん

そうですよね。僕もそうでした。おススメなのは「早くから書き始める」こと!例えば1学期の所見は、僕は5月の末から書き始めます。困難は分割せよ。デカルトの言葉通りです。

所見が大変なのは書くことそれ自体ではなく、書くための材料を集めることにあります。それぞれの生徒がどんな姿を見せたのか、その記録をとっておく必要があります。ですから、5月末から動き出すのです。後になればなるほど、他の仕事とも相まって、面倒になってきます。自分の首を自分でしめている形ですね。学期初めが余裕があるとはいいませんが。少なくとも学期終わりよりは余裕があるはずです。困難は分割しましょう。

所見の手の抜き方

通知表を作るのは学校側の厚意によるものであって、法的義務はない!!

ということで、通知表に必要以上に時間をかけることはしない、というのが僕のスタンスです。賛否はあると思います。でも教師は授業が本業ですからね。

だからこそ、それ以外のところは上手に手を抜ける力はとても必要です。全部をフルパワーでやるなんて無理です。教師も人間ですし、自分の人生があります。

でも、教師になるようなまじめな人たちは「うまくいかないのは自分の努力が足りないせいなんだ」と考えがちな気がします。僕が出会ってきた人たちはそういう人が多かったです。

それも間違いじゃないんですけど、自分のキャパを超えたときに対処できなくなるのですよね、そういう考え方って。

自分の力ではどうにもならないことがあるって知っているほうが、他人を頼れたり適度に手を抜いたりして仕事を結果的にうまく回せるのではないか?と思います。

だから、本業以外のところはガンガン手を抜こう!というのが僕の考えです。所見もどんどん手を抜きましょう。具体的には。

①文章を記録しておき、何年か後に使いまわす

→経験が必要ですが、使える文章はどんどんと増えていきます。「あ!こいつ、何年か前に担任した〇〇とそっくりだ!」と思ったらしめたもの。文末をちょっと変えれば完成です。

②仲のいい先輩教師から、何年か前の所見をもらう

→コミュ力が必要ですが、これも有力候補。使えるものは使いましょう。新任に近い先生ほど使えるワザですね。

③所見の文例集を買う

→お金が必要ですが、文例集が売られています。そのまま写せないものも多いのですが、参考になる文章もどっさりあります。自分では考えつかなかった言い回しが得られたら、それは大きいことですよ!

④これくらいでまあいいかって思う

→考え方の転換が必要ですが、最も簡単に手を抜けるようになります。考え方を変えてみましょう。所見に100%の力を注ぎこまなくてはいけないのでしょうか?生徒の姿が伝えられていたら、それで十分なのではないでしょうか。本業である授業・教材研究をないがしろにしれまで、時間をかけることなのでしょうか?

まとめ

・早くから準備することはめっちゃ大切

・手を抜く思考になっていくこともめっちゃ大切

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